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July 12, 2005

破壊王死す

 前回に続いて、著名人の訃報に接して、個人的な思いを書きつづるというエントリーになりますが。

 プロレスラーの橋本真也選手が亡くなった。
 まだ40歳。現役で充分闘える年齢だった。
 最近は、以前ほどプロレス界の状況を熱心に追いかけていなかったから、橋本がどうしているのか、まったくわかっていなかった。ただ、試合から遠ざかっていることだけは、断片的に知っていた。それが、突然こんなことになろうとは。

 僕は数年前に、選手のインタビューを主体とした、プロレス・格闘技関連の本を立て続けに編集していたことがあり、その取材で、当時の多くの有名選手に会うことができた。もちろん、橋本もそのなかの1人だった。
 僕が橋本に会ったのは、1999年の3月頃。
 ちょうど年頭の東京ドーム大会で、小川直也に惨敗し、試合を欠場していた期間だった。

 当時の橋本は、再起をかけてのトレーニング中で、マスコミをシャットアウトしていると伝えられていた。
 そんななか、本の監修者である“Show”大谷泰顕さんが交渉に当たって、インタビューをお願いすることができた。いわば、“独占スクープ”のかたちだった。
 橋本に会った場所は、横浜郊外の、とあるスポーツジム。トレーニング最中に時間を割いてもらい、汗がまだしたたるなかでのインタビューとなった。
 取材のなかでは、復活にかける意気込みを静かに、しかし力強く話してくれた。その内容もさることながら、僕は橋本の体調のよさに驚いた。太り過ぎと揶揄された体が引き締まり、かといってウェイトを落としすぎることもなく、精気をみなぎらせていたからだ。
 復帰戦が楽しみだと、僕は思った。そして僕はその記事のタイトルを「復活の破壊王、リベンジへのカウントダウン」とした。響きがよくて、なかなか自分で気に入っている。

 そもそも橋本が欠場するきっかけとなった、1999年1月4日の東京ドームでの小川直也との試合については、いろいろと舞台裏への憶測が渦巻いた。
 僕は取材の過程で、複数の関係者からオフレコでその“真相”を聞かされたが、それぞれ言うことが食い違うので、結局のところ何もわからない。
 ただ、僕はあの試合については、別のところに興味を持った。なぜ橋本は、小川の攻撃にまったく対応できず、敗れ去ったのか?
 あの試合、小川がプロレスの“暗黙の了解”を破って、セメントマッチを仕掛けた、とされている。しかし僕はプロレスラーというものは、相手がその気で来るならそれに立ち向かえる強さを持った存在だと、教えられていた。なかでも橋本こそ、その強さを持った選手だと(これを、「新日本道場幻想」と言う)。
 それなのに、なぜ橋本は無惨な姿をさらすことになったのか?
 的はずれかもしれないが、あえて推測してみる。橋本には、「自分は強い」という慢心があったのではないか。「本当に力を出せばなんでもできるけど、これはプロレスだから、このくらいでいいや」というような。そう思っているうちに、いつしか強さを失っていたのではないだろうか。そこを突かれて、小川に敗れることになったのではないか。
 これは、普通の仕事でも言えることだと思う。
 自分はもっとできるけど、これはそこまでやらなくてもいい仕事だから、適当に流しておこうなどと思っているうちに、いざというときに「実力」が発揮できなくなってしまう……。
 同じことを僕の知人は、「伝家の宝刀はいつも抜いてないとダメなんだ。いざ抜こうとしても、刃こぼれして使えなくなっているかもしれない」と言った。

 橋本は復帰後、小川との一連の抗争を経て、新日本から解雇、そして新団体「ZERO-ONE」設立へと至る。その間の政治的な事情は知るよしもないが、新団体を自分で立ち上げたのは、大きな転機だったはずだ。それまでは、新日本の一選手として何の心配もいらなかったのが、一転して、団体のトップとして自分が先頭に立ってチケットを1枚1枚売らなければならない立場に立たされたのだから。
 不幸にしてZERO-ONEは崩壊に至ったが、これをやったのはすごいと思う。

 最近は肩の故障もあり、リングで闘うこともままならなかったという。
 せめて三銃士興行が実現していたら……。
 ご冥福をお祈りします。

 最後に。
 「爆勝宣言」のなか颯爽と花道を歩む橋本の入場シーンは、鳥肌が立つほどカッコよかった。

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Tracked on July 12, 2005 at 17:25

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